三日坊主を防ぐ「小さな習慣」とは? という本

 
 何か新しいことを始めようとしても三日坊主になるという方には、「小さな習慣」がオススメだよ! という本を読んだので、簡単にご紹介しておきます。
 

小さな習慣とは?

 著者は、冒頭で以下のように小さな習慣を定義しています。
 
「小さな習慣とは、毎日これだけはやると決めて必ず実行する、本当にちょっとしたポジティブな行動です。”小さすぎて失敗すらできない”ものなので気軽に取り組むことができ、それでいてびっくりするほど効果があるため、新しい習慣を身につけるには最適な方法であるといえます。」(スティーヴン・ガイズ 訳:田口末和『小さな習慣』 ダイヤモンド社 2017年)
 
 要するに、「習慣化したい行動を、失敗しないくらい簡単にして、繰り返すこと」が小さな習慣と言えますね。
 
 確かに、新しいチャレンジには挫折がつきもの。目標が遠く感じられないように、簡単なものから始めるというのは効果的なような気がしますね。昨今、心理学の分野でホットワードになっている「マインドフルネス」とも親和性がありそう。(R
 
 

小さな習慣ってどうやればいいの?

 上述したとおり、「挫折しないくらい簡単にして、毎日繰り返す」という方法で問題なかろうものかと思います。
 たとえば、机に向き合って勉強するのが億劫なら、まずは1日10 分だけ机に向き合って勉強していく。そして、「机に向かうのが苦痛ではなくなってきたら、20分に増やしてみる、というようなイメージを持っていただければと思います。
 

小さな習慣の仕組みって何?

 簡単にまとめると、私たちの脳の中には、「大脳基底核」という習慣を司どる部位がありまして、こいつに意思決定を司る前頭前野前頭葉)が繰り返している行動を覚えさせることで、苦痛だった行動が習慣化されていくという仕組みですね。
 たとえば、本書では以下の研究結果をもとに前頭前野の働きを解説してくれています。
 
「フランスの心理学者フランソワ・レールミットは、前頭前野を損傷した患者たちを詳しく調べてみました。その結果、脳の司令塔である前頭前野前頭葉の一部)がないと脳の働きがすっかり変わってしまうことを突き止めました。(中略)前頭葉が損傷していると、潜在意識による行動を”くつがえす”決断をする能力を失ってしまうようです。」(スティーヴン・ガイズ 訳:田口末和『小さな習慣』 ダイヤモンド社 2017年)
 

小さな習慣をこなす上での障害って何かある?

 皆さんご存知、バウマイスター教授が提唱した自我消耗(R)が紹介されておりました。
 自我消耗とは、ストレス、マルチタスク長時間労働などが原因で意志力を消耗し、衝動的な行動を取りやすくなってしまう現象を指します。これが習慣を破壊してしまうこともあるようです。
 
 ただ、2016年に「自我消耗、再現できなかったんだが?」という論文が上がってきておりまして、根拠としては確実とは言い切れない状況になっています。(R
 自我消耗に注意しておくに越したことはないでしょうけど、継続できない理由を全て「自我消耗のせい」とするのもよろしくないくらいの考え方が丁度よさそうです。
 
 なお、自我消耗説への異論ですが、ハーバード・ビジネス・レビューに邦訳された記事が掲載されているので、こちらをご覧いただけるとわかりやすいと思います。親切に引用元も明示してくれていますし。
 あと、「パレオな男」こと鈴木祐さんのブログもわかりやすくて面白いです。
 

終わりに

 最後はちょっと話が逸れましたが、小さな習慣が三日坊主に効き目があるかもしれないということですので、私も食生活や運動の習慣を見直すとき利用してみたいと思います。
 三日坊主だったり、そもそも腰が重くて始められない人には効きそうなので、よければ。
 
 

 

小さな習慣

小さな習慣

 

 

優秀な人が管理職に昇進してもうまくいかない理由ってなに? というレビュー論文

 
 仕事の手腕や、長年の経験が評価されて管理職に昇進したけど、いざ管理職になるとパッとしない人っていますよね。
 
 「そういう人たちは管理職について、五つの誤解をしているから仕事が軌道に乗るまで時間がかかってるんやで!」というレビュー論文を邦訳してくれた面白い一冊があったので、ご紹介します。
 

新米管理職の抱きがちな五つの誤解とは?

 こちらは1992年に発表された研究結果を下敷きに、2007年にハーバード・ビジネス・スクールが発表したレビュー論文となります。
 前置きとして、「新米管理職は新しい仕事の役割を誤解しているため、管理職として行動できるまでの時間が必要以上にかかってしまうケースが多い」ということが述べられてまして、それが以下の5つとなります。
 

誤解その1 管理職の権限は絶対的なものだ

 とにかく新米管理職は、自分が管理職になることで得られた権限によって、「もっと有益なことを、もっと自由に実践できる」というふうに考えがち。
 けど、実態としては上司や部下、同僚だけでなく社外の人から様々な要求を突きつけられるので、「自由なんてない、全然ないじゃん」と感じてしまうらしい。意思決定の責任を取らなきゃいけない立場ってつらいでしょうね……
 

誤解その2 管理職の権威を過大視する

 そうはいっても管理職に与えられている権限は存在するわけですが、この権限は「管理職」という権威(肩書き)によって保証されていると考えてしまうと悲惨なことになります。
 たとえば、権威に頼って独裁的な指示ばかりすると、部下から反発されるなんてこと想像に難くないですよね。要するに、「管理職だから」という理由だけで従う人ばかりではないということです。そりゃそうだ。
 

誤解その3 統制しなければならない

 新米管理職の方々は部下への服従を望む傾向もあるそうです。つまり、好き勝手にやられると困るという気持ちが強くなると、前述した「権威(肩書き)」に頼って服従を求める傾向が出てくるとのこと。
 誤解その2に書いたように、権威に頼ると部下から反発されたり、部下の仕事へのモチベーションの低下に繋がったりと良いことなしなのでやめておく方が無難でしょうな。
 

誤解その4 部下一人ひとりと良好な関係を構築しなければならない

 これはけっこう意外でした。
 なんでも、特定の部下(特に自分に対して協力的な部下)と仲良くしようとするあまり、ほかの部下との扱い方が変わって、不平等が生まれる。その結果、扱いの悪い方の部下から反発されるということもあるそうです。
 管理職はチームの結束力を高めるだけでなく、個人の業績を改善しなければいけません。だから、部下と仲良くすることだけを重視して、チーム全体に悪影響を与えるのは良くないよね、ってことですね。
 

誤解その5 円滑な業務運営を心がける

 これも意外でした。新米管理職にとっては円滑な業務運営でさえ難しいけど、それだけでなく業績の改善も並行して行わなければいけないと著者は説いてます。
 
「(前略)新米マネジャーの大半は上から指示された改革プランに従うだけである。つまり、チェンジエージェント(改革者)としての自覚に欠けている。彼ら彼女らは、ヒエラルキーに従った思考と権威へのこだわりのせいで、自分の責任をあまりに狭く定義してしまう。その結果、チーム全体が失敗した場合、その責任を制度上の不備や経営陣に責任転嫁しがちである。(中略)マネジャーたるもの、その所掌の範囲ないだろうが、よしんばそれを超えていようが、自分のチームの成功に向けて改革を起こす義務を負っている。そこまで権限が与えられていないことを無視してでも、チームのために改革に取り組まなければいけないのだ。」(ハーバード・ビジネス・レビュー編集部『マネジャーの教科書−−ハーバード・ビジネス・レビュー マネジャー論文ベスト11』2017年 ダイヤモンド社 33〜34頁)
 
 なるほど。現状維持では停滞するだけということですね。確かに利益を生み出して発展していかなければいけない会社的には、現状維持しかできない管理職って微妙そう。
 このあたりは、公務員が持ちにくい心構えなので注意したいところです。
 
 

では、管理職はどういう意識を持つべきなんだ?

 もちろん、管理職として上手に職務をこなす心得も解説してくれています。
 要約すると以下のとおりになりますね。
 
・権限を得たことで自由になれるという考え方は捨てて、部下や上司、社外の人たちとの相互依存を深めていこう!(チーム全体で成し遂げるという意識)
・権威(肩書き)によって信頼されるわけではなく、行動することによって信頼を勝ち取ることができるよ!
・あれこれ口出しせず、相手の意見にも耳を傾けよう!(傾聴スキル)
・部下を服従させるのではなく、自分の権限を共有していこう!
・現状維持だけでなく、業績を改善できるよう改革意識も持とう!
 
 とりあえずこの中から、できることから試してみるとよいかと。傾聴なんかは心理学的にもよく耳にするテクニックですし、悪くないのではないでしょうか。(R
 このへんの知識は、社員として上司の手腕を見るときの指標としても役に立ちそうですね。

 

 

マネジャーの教科書――ハーバード・ビジネス・レビュー マネジャー論文ベスト11

マネジャーの教科書――ハーバード・ビジネス・レビュー マネジャー論文ベスト11

 


 

「公務員なんてほとんどいらない」と本気で思っているのか? という話

 

 最近、「公務員なんてほとんどいらないんじゃね?」、「公務員なんて減らせばいいのに」という意見をいろいろなところで耳にします。

 

 有名どころですと、堀江貴文氏と落合陽一氏の共著には、「公務員がやるべき仕事なんて、ほとんどない。これから20〜30年のスパンだけで見ても、公務員が絶対安泰だとはまずいえない。なんでもスマートフォンで申請できるなら、誰も窓口に足を運ばないだろう。」(堀江貴文,落合陽一『10年後の仕事図鑑』 SBクリエイティブ株式会社 2018年 98頁)と書かれているくらいです。

 こちらは極論とはいえ、そういう意見を持っている人がいるというのは間違いなさそうです。正直、私はこういう意見を耳にするとモヤモヤしますね。

 

 確かに公務員の仕事には、機械による自動化によって効率化を図れる部分が、多く存在すると思います。

 けれど、明らかに自動化が難しい部分があるのも事実です。たとえば、上述した「なんでもスマートフォンで申請できるなら、誰も窓口に足を運ばないだろう。」という部分を例にとって考えてみます。

 

そもそもパソコンやスマートフォンを持っていない人がいること、あなたはご存知ですか?

 当たり前のようですが、ご高齢の方がパソコン、スマートフォンを持っていない場合や、パソコンやスマートフォンを持っていても使い方を十分に把握していない方がいらっしゃいます。そのような方々には、どのように対応するのか? 上述の意見には、この問題点に対する解答が用意されていません。

 

 この意見に対して、「20〜30年後なら違うのでは?」という指摘が想定されますので、先に述べておきます。

 私の知り合いに60歳くらいの女性がおりますが、パソコンやスマートフォンの使い方を把握していません。せいぜい電話やメールの機能を利用するくらいだと言っていました。そんな方が、80〜90歳になってもスマートフォンやパソコンを使って、いろいろな手続きができるのでしょうか……

 ただ、いずれITリテラシーが高い人たちが高齢者になってくると思いますし、そうなれば話は変わってくると思いますが。

 

 次に「公務員のやるべき仕事なんて、ほとんどない。」という部分を例にとって考えてみましょう。

 

もしかして、公務員の仕事を窓口での対応だとか、書類の作成だけだと思ってませんか?

 まさかとは思いますが、「公務員なんてほとんどいらない」と考えているのに、公務員の仕事内容を把握していないなんてこと、ありませんよね?

 一口に公務員といっても、国家公務員と地方公務員に大別されていて、さらに地方公務員の中でも自治体職員(市町村役場、都道府県庁の職員など)、看護師、教職員(学校の先生)、警察官、消防士など、様々な職種がありますよ。

 

 公務員と言われてパッと浮かびやすいのは、「窓口業務」でしょうか。つまり、役場(役所)の窓口にいる方々ですが、その役場(役所)の中でも、機械での自動化が難しい仕事を担当している部署があります。

 たとえば、いわゆる技術系と呼ばれる人たちの中でも、第一次産業の支援をしている方々がいる部署です。(第一次産業とは農業、林業水産業などを指します。)

 私は林業に関係する部署にいたのですが、職員が山林に入って作業しなければいけない仕事も少なくありませんでした。たとえば、自治体の管理している登山道の整備も、外部に委託するだけの予算がないので職員で行っていましたね。

 

 そういう場面を踏まえて考えると、「公務員のやるべき仕事なんて、ほとんどない。」という意見は何を根拠に言っているのかわからないですし、議論が浅いところで止まっていると思います。

 公務員のやるべき仕事、公務員がやらなければいけない仕事は具体的に何か。そして、それらの比率はどうなのか(2:8なのか、それとも1:9なのか)。そういう議論が必要なのでは?

 その結果、「ほとんどないね!」となるなら、それでいいです。公務員だって無駄な仕事は減ったほうが嬉しいですからね。

 

 次に、「公務員なんて(職員数、給料)減らせばいいのに」 という意見についても考えてみて欲しいです。

 

まさか、公務員全体の職員数、給料が減ればいいなんて思ってないですよね?

 実際に見たことはない(と思います)が、仕事量が少ない部署で高い給料(約40万円〜50万円)をもらっている人がいる、というのは職場でも耳にすることです。

 

 しかし、先ほど述べたように公務員と一口にいってもいろいろな職種があるわけですよ。その中でも最近になって激務かつ一手不足であることが認知されつつあるのは、学校の先生です。

 こちらは様々なデータが他のWEBサイトに上がっているので、そちらをご覧いただいた方がわかりやすいでしょうが、1日あたり平均で11時間を超える労働時間という調査結果を文部科学省が発表しているところです。(R

 イメージしにくいと思いますが、休憩を1時間取ったとしても、平均で午前8時から午後8時まで働いているということです。とてもホワイトとは言いにくいかと。

 

 学校の先生は極端な例だと思いますが、要するにどの分野の公務員を、どの程度減らしたいのかはっきりしないのに「とりあえず減らせ!」というのは、いかがなものか? ということを言いたいのです。

 しかも、かたや仕事量の少ない部署で高い給料をもらっている人もいれば、安い給料で長時間働かざるを得ない職員もいます。せめて、そのような人たちのことを踏まえてから、「給料を減らせ!」と言っていただきたい。

 よくも悪くも、公務員の給料は「安定」しています。成果を出している人でも一定の給料ですし、働かない人でも一定の給料をもらえるわけです。(R

 

終わりに

 影響力の高い人の意見を鵜呑みにせず、まず事実を明らかにしてから、自分の頭で考えて欲しいと思います。これは私自身も気をつけなければいけないですな。

 

※現場寄りの意見なので公平性に欠けていたり、考え方が甘い部分もあると思います。このような記事は批判されてもおかしくないと考えてますが、少しでも耳を傾けていただけると嬉しいです。